2009年11月10日

青い実の会十周年大会

2009.10.18 青森。
私がお仲間に入れていただいている「川柳ゼミ 青い実の会」の十周年記念大会が青森市のホテルで開かれ、私も会員として参加させていただいた。句会の度に投句された句が載せられている会報も120号を越え、時実新子主宰の「川柳大学」の青森ゼミとして3人の会員の方で始まった青い実の会は、今20人を超える句会となり。そして今回の十周年記念大会は青い実の会の初めての大会であるのにも関わらず、75名の方のご参加で大盛会となった。

私は、川柳を始めて間もないこの時期にこのグループの十周年に立ち会わせていただく事ができて、本当にラッキーなことであるなという気持ちを強くした。それは、青い実の会を通じて知った川柳の「薫り」というものが、間違いなく私が川柳に惹かれた大きな要因のひとつであり、その薫りで私が何か新たなものを感じて、川柳と写真を逢わせてみよう、ということを思いついた、ということであるからだ。

今回の私の大会の目的は、まず投句すること。その次に、アトラクションで菊池京の句と私の写真をあわせて、それを動画のようにフォトシネマのように少しだけ動きをつけたスライドショーを2本上映させてもらうことであった。
そのうちの一本は、句の作者菊池京による句の朗読を合わせた。披講で音で聴き、写真が現れ、そして文字を読んでもらう。川柳は音と字面で味わうという特性があるので、その二つを入れた上で写真を合わせるという、欲張りなことをしてみたかったのである。京さんの朗読は、句に合っていてとても素晴らしかった。
残念ながら私は演者であったので写真を撮れず、その時の様子の画像が手元にないが、参加者の皆さんに真剣にご覧いただき、励ましのお言葉をたくさんいただいて本当に嬉しかった。

正直、川柳人は私より全然大先輩ぱかりで、今初めて川柳を始めたばかりの者が写真をつけてスライドショーをいきなりお見せして、もしも失礼にあたったらどうしようであるとか、そこはさんざん悩んだところでもあり。しかし青い実の会に依頼されたことでもあり、私もいったん引き受けた以上、一生懸命やらせていただいた。
6月に初めて川柳をつくるまで、まったく川柳のことは知らなかったので、川柳を識っていくには多読多作しかないとはわかっていたが、多作はできそうになく、とにかく多読だけでもしなくてはと川柳の本を何冊も探して読みまくった。句集はもちろん、指南書や何人もの作者の句が読めるオムニバスもの。また諸先輩からいただく機関誌や会報もすべて目を通した。無論消化はできない、だってできる訳ない、川柳始めて3ヶ月だ。しかしとにかく未消化でもわからなくても読む事しかできない私なので、とにかく読んだ。

青森は、文芸川柳のメッカであり、文芸川柳は十七音の純文学だ。そして全国に名を馳せる川柳人があまたいらっしゃる。丸の内の丸善本店で手に取った本に青森の川柳人の名を何人も見る度、私はなんと恵まれた環境で川柳を始めてしまったのだろうと思う事もしばしばであった。

そういうことで、まったくもってにわか勉強もいいところであったがとにかく自分なりに川柳をイメージとしてとらえて、そのイメージを持ちながら菊池京とのコラボをスライドショーにし大先輩の方々にご覧いただけたことだけで、ああよかったなと嬉しいきもちばかりであった。機会を与えていただいた青い実の会の代表 工藤青夏さんはじめ会員の方々に本当に感謝した。そしてもちろん菊池京、京さんに多謝。彼女がいなければ、私の人生に川柳はまったくなかったのだから。

そしてあらためて川柳の素晴らしさを感じた。大先輩の方々の句が、とてつもなく瑞々しく自由奔放で何ものにもとらわれない句なのである。句を見ただけで年齢はまったくわからず、時には性別さえもわからない、その自由さ。私が考える狭小な男女論人生論、そんなものを軽やかに大ジャンプでひとっ飛びで越え、さらに遥か彼方に飛んでいく十七音を、私はただ憧れだけの心で口を開け見送るしかない。その自由さというものは、文芸をはじめとするクリエイティブなものだけがもつ、かけがえのないものではなかろうか。

以下、大会の雰囲気を少しだけスナップで。

作句風景。宿題のほか当日題の「席題」というのがある。
なので参加者はみな早めに会場入りをする。
これは「受付開始時間」の10分前。もうこの賑わい。
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豪華商品多数。
「天位」というのは、その題で選者に一番に選ばれた句に与えられるもの。
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菊池京と私のスライドショーのあとのメインのパフォーマンス。
会員の方3人による、台詞は川柳、その相聞だけの3人芝居。超盛り上がった。
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川柳ゼミ「青い実の会」会員の女性川柳作家の方々とともに懇親会風景。
手前テーブル5人の中の中央が菊池京。その右隣が私、藤田めぐみ。
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二次会の生バンドのお店で。オールディズナンバーで踊りまくる先輩方。
動きが超高速すぎて写真には気配しか写らない 笑。
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posted by FUJITA MEGUMI at 13:02| 東京 晴れ| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

クローズド試食会再び

3月に川柳と写真の展示をしたお店「NAMIHEI」
http://www.namihei5963.com/

このお店は毎晩いろんな分野のいろんな面白い人が集まってくる。その中に、自分たちの地域をもっと全国に知ってもらい、東京の人にも地域の美味しいものを知ってもらいたいという人達もたくさんいる。それなので自動的に全国の美味しいものが持ち込まれ、お店に集まってくる、そんなお店。基本的に2週間ぐらい毎に、全国からの選りすぐりの美味しいものや特産品が、信作シェフのマジックで素敵な一品になり おまかせコースの中に入るのであるが、もっというとその日にたまたまお店にたどり着いたその日限りの美味しいものだって食べられる夜がある。食いしん坊にはたまらないお店です。

3月にもお仲間に入れて頂いたのだが、このお店の真理子ママに呼ばれてお昼に「NAMIHEI」に。「ねえねえこの特産品って、どう?イケてる?」ということを気楽に話してくれればいいからと真理子さん。いわゆる地域の美味しいもののクローズドな試食会である。

今回は、島根県邑南町(おおなんちょう)というところの牛肉、石見(いわみ)牛と、米粉のパンである。

邑南町というところは「食」による産業振興を目的とした情報発信を積極的に行っており、カフェメニューの提供や、生産者と消費者の交流イベント等も次々展開している。そして町の特産品販売のサイト「みずほスタイル」を持っていて、このサイトは自治体サイトには珍しく、ものすごく購買意欲をそそられる。

んで、まず牛肉。信作シェフによって絶妙に焼かれた石見牛です。シェフオリジナルソースで。オレンジのソースはにんじん、白いソースは菊芋のソースです。
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美味しい。。今回の部位はももである。咬みごたえがしっかりあるのに柔らかく、お肉の味が存分に楽しめる。さっぱりとして脂身が少なくとっても食べやすかった。にんじんと菊芋のソースが優しく、お肉の味を引き立てていてさらに良し。
他のブランド牛と比べ、お肉のクオリティはまったくひけを取らないのにもかかわらずリーズナブルなんだそうです。そうであれば本当にお得感いっぱいのいいお肉だと思う。

次は米粉ぱん。プレーンとハーブブレンド、2種。
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この米粉パンは、邑南町の社会福祉法人おおなん福祉会 はあもにぃはうすという障害者の方の通所授産施設で作られている。カツバーガーのパンとしても町のお店に提供している。

このパン、むっちゃ美味しいのである!いやもうハンパない。表面はトーストしてもらっているのだが、表はカリッと香ばしく、中はもっちり。もっちりの感覚が、明らかに小麦粉とは違うのだ。もっちりが、確実にパンの深い味を伝えてくる。このパンはとても丁寧に愛情込めて作られているということが伝わってくる。
ハーブのパンも、この上なく美味しい。ハーブもこの町の特産品なのである。ぽかぽか日なたぼっこしながら外で食べたいパン。このハーブパンと、いいチーズと、気の利いた赤ワインがあれば、もうそれだけで他は何もいらないだろう。

このパンは邑南町サイト「みずほスタイル」には載っていないから、お取り寄せとかはできないのであろうと思う。が、ぜひリピートしたい。11月9日から石見牛ともども「NAMIHEI」で2週間食べられるみたいだから、行ってみようかな。

オマケで、「NAMIHEI」メニュー11月25日からの使用特産品は佐渡島であるので、その佐渡島の沖漬け&沖漬け炙りを、お店に置いてある青森の日本酒「田酒」とともに味見しちゃいました。
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これはもう、酒飲みの人には堪らないでしょう。沖漬けおいし〜〜!北の方の沖漬けと違って、そんなにしょっぱくなくてイカの味がきちんと楽しめる。私はこっちの方が好みだわ。炙ると塩気が強くなり、これはまた辛口の日本酒に合う。田酒ってやっぱ名酒。魚介の風味をしっかり受け止め、絶妙に変換してくれるお酒だと実感。

しかしほんとお腹一杯美味しいものを食べさせてもらって、満足で贅沢なランチタイムでした。
posted by FUJITA MEGUMI at 11:54| 東京 晴れ| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

タイミング

青森に来ている。

またいつものごとく肝心なものを忘れ、どうでもいいものがトランクに入っている。例えばカメラとPCをつなぐコードを忘れ、明けて今日のイベントの写真を滞在中にすぐアップする事ができない。そこ命に別状あるとこでしょ と自分に突っ込み入れつつ、まあ800万画素カメラつき携帯でとれるじゃ〜ん と思い。あ、でもそのカメラとPCつなぐコードないや。。と思い、あ でもメールで送れば大丈夫だ とか思い直す。

無くてだめだと思っても、なんとかほかのもので代替してどうにかなる と思う事は、人生においてかなり重要だ。ペシミストでは長生きできない。これは、ポジティブシンキングの訓練だわと、またこの青森の夜にいつものように思うのである。

しかし、人生において代替できないものはやはりあって、その一つが「タイミング」なのでは と思ったりする。時によってそれはチャンスと言い換えられたりするけど、チャンスとタイミングは違うと感じる。チャンスは何度でも訪れると思うが、それをつかむタイミングは、逃したら二度と戻らない。だから俗に「チャンスの女神は前髪しかない」とかいうのであろうと、自分ながらには思ったりする。

でもこれ、タイミングのセンスって、本当に個体差がある。「あ〜もう〜なんてタイミングの悪いひとなんだ〜」といつも思うひとっていて、そういう人ってたいてい、人はものすごく良くって、でもタイミングだけが悪くて、肝心なときにうまくいかないのが歯がゆく感じる人。

反対に、普段はへらへらふわふわしてるけど、タイミングは絶対はずさないひともいる。こういうひとは、得するとかどうとかというより、まず人の心を掴む。それってやっぱり天賦の才の一つだな と。そういうひとはいい意味で人たらしで、やっぱりとっても魅力的だもんね。

私は、タイミングを掴むのはごくごく普通、よくも悪くもないけれど、もちろん「ここぞ」という時には外したくない。

それは、自分にとってチャンスと感じる時が来た時 というのは それはそうなんだけど

自分のステップアップと感じる時だけではなくて、たとえば身近な人がピンチの時に、すぐ駆け付けられるタイミングをはずさない とかそういう時。そういう時が本当の意味でのチャンスなのであり、そこはタイミングを絶対に外してはいけないと、最近強く感じるようになった。

あ〜川柳全然できてません。朝起きてまた考えよう。明日は川柳&写真のスライドショー上映と、スライド&朗読のコラボも担当させてもらい。楽しみである。これで川柳がうまく作れたら言う事ないんだけど、これがほんっと、難しいのですわ 泣 川柳ができるタイミングを掴むためには、まだまだ遠い道のりである。





posted by FUJITA MEGUMI at 01:24| 東京 不明| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月28日

九月には船が

九月には船が迎えに来てくれる   めぐみ


今年の九月ももう過ぎようとしている。九月というのは今まで苦手な月であった。すごく嫌なこと、そして いいのか悪いのか自分では判断できないけど重量とボリュームだけはある という記憶らが、九月という月には密集して凝縮して集中してある。だから九月というのは私にとって、また台風に巻き込まれて大ダメージを受けないよう用心して過ごさねばならぬ月であり今月もそうしていたのだけれど、なんだか今年はそういった気構えは無用だったとばかりスル〜っと過ぎていった。拍子抜けのような心持ちである。もう幾日か九月はあるから油断はできないけれど、なんかもうこれからは毎年こんな気構えは無用になったのだな と感じている。きっと、船が迎えに来てくれて、私はすっかりと何かから卒業して船に乗ったのだ という気がしている。

そうではあるが、他の月と同じくらいなようには今月もポツポツと出来事があった。それらが教えてくれたものは他の月とはやはり少し性質が違っているように見えている。それはひとえに、私が九月という月にほぼこじつけのような気持ちを抱いているからに他ならないと思う。卒業して船には乗ったが、九月の記憶だけはまだ自分の気持ちにフィルターをかけていて、起こった出来事を何か特別な意味があるようなことに変換してしまうのだろう。早くそういう変換を脱したい。記憶をなくしたいということではない、記憶に間違った影響を受けたくないのだ。九月の記憶の拘束から自由になりたい。多分なれる。時間が味方をしてくれるというのは、太古の昔からのお約束なのだから。


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気がつけば何かとやることがあって忙しいんだと思うのだが、忙しい という自覚はない。めぐは忙しいねと言われるけど、自分的には全然忙しくない。きっと「忙」という字に表される 心を亡くしている という状態にないからだろうと思う。私の心はここにある と思えているせいだろう。九月の記憶は心を亡くしていた記憶である。今はそうではない。

そして私は今、自分のことと同じくらい人のために何かしたい と思えている。昔は偽善や自己満足じゃないかと思うことを言い訳にして、人のために何かをするということをしなかった。今は偽善でも自己満足でも人がつけるラベルはどうでもいい、とにかく大事な人たちのために何かをしたいんだ と強く思う。それは若い頃はまったく思いもしないことであった。

そういうふうに自分が思うだなんて長い間思いもしなかった。しかしそういうふうに変化してくるのは、きっと人間として自然な流れなのだと今は感じる。人は自分のためだけには生きられない。私が死に瀕した時に、もう自分のために頑張れる限度はとうに超えていた。でも最後頑張れたのは周囲の大事な人達のために生きようと思う気持ちであった。

そんなことを、あの時私を助けてくれて今ピンチにある彼女の頑張りを見て改めて思い。彼女の周囲への気持ちに感動し尊敬し。そしお互いを励ましあうのだ。私たちはきっと来年の今頃には一緒に船に乗り、一緒に元気なおばあちゃんになるという夢に向かい、新たな船旅に出るのだ。きっと。必ず。


posted by FUJITA MEGUMI at 12:16| 東京 晴れ| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

大人女子と雑誌

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「めぐさんってInRedな感じなんですか?」と聞かれた。最初意味がわからなかったけど、InRedっていう雑誌のことなんだよね。ファッションとかライフスタイルがInRed系なのか?という質問らしい。

私はInRedを読んだことがない。中吊りやコンビニの書棚でそういう雑誌があることは知ってたけど。InRedは、30代大人女子のファッション&ライフスタイル提案誌というところか。つうか前から思ってたんだけどさ、「大人女子」ってやっぱ違和感あるんだよね。女子会とか愛され女子とかさ、なんかう〜ん。大人と女子はやっぱり自分のなかでは一緒になんない。30過ぎて女子ってなんだよと。30過ぎても女子でいさせてもらえる世の中の空気なのか、ずっとおんなのこでいたいのか、というかその二つはわからないでもないんだけど。
きっと、仕事とか結婚とか子ども生むとか自己実現とか親のこととかお金のこととか迫り来るモノはいろいろあるしさ、大人になんなきゃいけないのはきっとわかってるんだよね30代大人女子は。でもそういうの置いといて今しばらくは女子でいさせて、っていう気持ちなのか とも考えてみる。でもそうじゃなくて、まったく何も考えてないのかもしれないけど。

でも30過ぎていつまでも自分のことを「女子」と言ってる人って、なんか婚活はうまくいかないという気がする。いつまでも女子女子言ってたら、素敵な男の人や いい仕事やチャンスは寄ってこないと思う。やっぱりさ、女子じゃなくて大人を目指した方が楽しいと思うんだよね。

今月のInRedの表紙はYOU。でもこの人30代女子じゃないですよね、どっちかっつーと四捨五入して50なんですけど。43歳小泉今日子も前に表紙になってるの見たけど、なぜに30代愛され大人女子雑誌の表紙なのか。30代InRed女子はこういう40代になりたいと思っているからなのか。よくわからないけど、YOUや小泉のようなおばさんになるのは結構難しいと思うよ。
関係ないけどYOUって、いいかげんノースリーブ押しのファッションはやめた方がいいと思う。でもノースリ押しファッションのやめ時がわかんないんだろうな。でもそこはそれ、かたせ梨乃がいつの間にかお菊人形ボブをやめた時みたいに、さりげなくノースリファッションをフェードアウトさせて欲しい。


でもほんと、女性雑誌を見なくなったとつくづく思う。自分の年代が見るような雑誌ってなんだろう。わからない。私の歳からいけば例えばSTORYかな。でも見たことない。カリスマ主婦モデルのことも全然知らない。
女性誌って、その雑誌が提案するものに自分が所属していると思えないと読まないのかなと思う。私が20代のころはよく女性ファッション誌を定期的に買ってたけど、それは記事が全部自分にはまってたから。今は出ている女性誌に自分のライフスタイルがはまるものがない。だから立ち読み斜め読みで自分に興味ある記事が載っているときだけ雑誌にこだわらず買うという感じ。まあ雑誌買わなくてもネットで何でもわかるし、基本雑誌を買わなくなってしまった。
でもだからこそ、女性誌である必要が絶対ある女性雑誌 が出て欲しい気がする。

posted by FUJITA MEGUMI at 19:19| 東京 晴れ| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

食べるということ

今日みたいに涼しいと、ああ今年は秋が早いなと思うと同時に、「この秋も美味しいものをいっぱい食べたいな」と思う。私は食いしん坊だし、作ることも含め食事が大好きだ。

「めぐさんはチェーン店の飲食店なんて行くんですか?」と聞かれた。もちろん行く。私はすしざんまいもエクセシオールのロイヤルミルクティもデニーズの冷やし中華もモスのライスバーガーも大好きだ。私はチェーン店などは行きそうにないめんどくさい感じの女に見えるのか と思ったら、相手はそういうつもりじゃなくて、がんなどという大病をした人は、食べるものにとても気をつけて、いつでもマクロビ食(玄米菜食ね)のお弁当なんか持ち歩いて、体に悪そうな外食は一切してないようなイメージがあって、それを私に聞いてみたということらしかった。

退院直後は、「なんちゃってマクロビ」をしていたこともあった。調味料も麦みそとか菜種油とか、お茶もコーヒー紅茶は飲まず、ノンカフェインの三年番茶しか飲まなかったり、白米じゃなく玄米を食べ、添加物っぽいものは排除していた。玄米はいつまで経っても美味しいとは思えなかったけど我慢して食べていた。だけどそれが2ヶ月くらい経った頃、突如として「もしも再々発したとして、こんな玄米とか野菜しか食べてなかったら絶対後悔する!鴨とかシャンパンを捨てて食べないままもし死んだら、それこそ死んでも死に切れん!」と叫びだしたい堪らない気持ちになり、玄米菜食を捨てた。それから2年。おかげさまで今のところ寛解を保っている。

もちろんがん仲間の人たちの中には玄米菜食やベジタリアンになった人もいっぱいいて、それはそれで心身にマッチしてとても快適に過ごしている。どっちがよくてどっちがいけないということはない。どんな食生活をしようと、再発するときはするし しない人はしない。これを食べたり食べなかったりしたら がんがぶり返さないという保証はない。ただ、食のスタイルというのはその人の生き方であるというだけだ。

闘病中に化学療法の副作用で、ただのミネラルウォーターも甘しょっぱい腐ったコンソメスープに感じられるほどの激しい味覚障害に襲われた時に、最後に口にできて私を救ったものは、コーラと、レトルトやフリーズドライ含めたインスタント食品であった。極限状態では体にいいからなどと勧められる食品は一切、何一つ受け付けなかった。考えられた病院の食事も、トレイごとサイドテーブルにたたきつけ「こんなまずいもの、これ以上食えるか!!」と号泣したりした。そんな中、添加物をたっぷり含んだものだけが最後、私の微かな食欲に応え、食べられないということでダメージを受けまくっていた私のメンタルを救った。元気なときはコンビニのおにぎりの味でさえ添加物の刺激を感じ嫌がっていた私なのに。不思議なものだなと思う。

もちろん私は、応援してくれた人達のために長生きをするという責任があるので、めちゃくちゃな食生活はしていないが、清濁併せ呑むということでは自分の許容範囲の中でそれもある程度よしとしている。もちろんベジの人と食事をするのも楽しいし、肉食獣との食事も楽しむ。たまにはジャンクも楽しむ。食べられないという経験を経た私は、食べること・食を楽しむということが人生において大きな部分を占めるようになった。食べられないということが、肉体的にはもちろん、精神的にも死に直結するということを身をもって知ったから。

一食に感謝し、一食を大切にし。食を囲み大好きな人達と語らうことのシアワセを感じ。そして今年も食欲の秋を存分に楽しめたらいいなと思う。


posted by FUJITA MEGUMI at 23:20| 東京 曇り| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月13日

LONG SHOTの始まり

自分にちょっとエネルギーが足りないときに、朝起きて、あれ自分は今日元気あるのかないのか やる気があるのかないのか いい感じなのかそうでないのかわからないことがある。そういうときはiPodにその日の気分を決めてもらうことにしている。いわゆる、iPodおみくじ。もちろんシャッフルにしているので、たくさんの曲の中からiPodが決めてくれた1曲目は、聴くと不思議と「ああ そんな感じかもな」と納得させられることが多い。元気な曲のときは「あたしゃ元気なんだわ!」と強引に思うようにし、スローな曲の時は「まあ無理せずにマイペースってことか」と思ったりする。

ちなみに今日の一曲目はSOUL'd OUTの「Starlight Destiny」。これやっぱ名曲だよな。そうですかそうですか、やっぱ元気だしていかないとな。ああ1曲目が日本語だとやっぱいいな〜 つうかこの曲は一瞬日本語には聞こえないし、半分くらい英語のラップだけど、日本語の語感をしっかり感じる。この、一見全然そうとは見えないんだけど、スピリッツはしっかり本道してる と感じられるものは、音楽に限らずすごくステキだ。絵でも小説でも映画でも現代アートでも着物でも、書でも川柳でも写真でも、私が好ましいと感じるものは皆そういう性質を持っている気がする。

本サイト「megmego」で、また新たな川柳と写真のコラボを始めた。今度は男性の川柳作家 濱山哲也である。彼とはこの間私が青森に帰った時に出席させていただいた川柳の大きな大会で知り合った。友人であり川柳×写真作品づくりのパートナーである菊池京(京さんとの紆余曲折はここから)から紹介された。
東京に帰ってきてから、住所を教えていただいた方で 私が惹かれた句の作者の何人かの方に、勝手に句と写真を組み合わせてポストカードにして贈りたいなと思い、そうした。
みな私が柳誌などで知った句に写真をつけた。だけど濱山哲也の句は全然知らなかった。でもなぜか「哲也さんにはあのときいろいろよくしてもらったから、写真をつけて哲也さんにお礼状を出したいな」と思った。今思うと、やっぱり勘だったのかもと思う。

菊池京に「哲也さんの句でいいの、何か知らない?」と聞くと、彼女も柳社が違ってよくわからないから本人に聞いてみると言ってくれ。程なくして哲也さんの句が送られてきた。映像のイメージから作ったという自選15句。
句を目にするなり「ああこれ写真つけたい」とすぐ思った。男のロマンティックな部分とか痛みが、とても洗練された形で伝わってくる。だけどかっこつけてるとかじゃ全然なくて、すがすがしい。いい意味で少年フレーバーがあり、しかも少年っぽさを勘違いしてない。ああ男のひとって、優しい生き物なんだよな〜。。としみじみ感じさせられた。
私は何か作ろうとすると身も蓋もない路線になりがちで、それは女は夢見る夢子じゃいけないと思っているせいでもあるし それが自分だからしかたないというか受け入れるしかないんだけど。でもだからこそ、こういう男性ならではの、人生の痛みのデリケートな伝え方に憧れる。
哲也さんは、朗らかで元気で冗談うまく、とにかく明るい。彼の持つ人をうち解けさせる雰囲気は、こういう句を作る内省の深さからくるんだと思った。作品がその人の本質だ。

なんといっても15句まとまって句を見られたのも大きかった。彼の句の雰囲気が伝わってきた。周囲の川柳を全然知らない男性陣に句を見せても「共感できる〜」と好評。で例によって、一緒にやってくださいと口説きレターを哲也さんに出して、一緒にやってもらうことになった。

あとから送ってもらった14句とあわせ29句の中から、これまた菊池京と同じやり方で、私が勝手に15句選び 並びも決め、題名も私がつけた。ほんと失礼だとは思うんだけど、哲也さんも京さんと同じく いいよいいよと言ってくれるから 笑 。

題名は「LONG SHOT」遠写し・遠景という意味と、勝ち目のほぼない賭け 無謀な企て 大穴 という意味と。何となく濱山哲也の句を眺めていると「一か八か賭けてみようゼ」と浮かんだから。で、副題が「1 or 8」。

「megmego」で15回連載しますので見てください。男の切なさ甘さ、そしてやっぱり男らしさを味わってもらえたら嬉しいです。

菊池京も濱山哲也も、一見新しい表現なのかなと思わせておいて、実はしっかり本道なんだよな と感じる。私は川柳のことは素人でまだわからないから、川柳としてどうとかいうつもりはなくて、なんか作品として本道と感じると。これはやっぱり川柳の いい師 いい先輩 いい仲間が彼らにいてこそなんだよね。きっと彼らはこの先も 勘違いしたり間違わないだろうと思う。それは本当に、羨ましいと感じる。


濱山哲也×藤田めぐみ
「LONG SHOT」
http://megmego.com/cn23/pg174.html


posted by FUJITA MEGUMI at 13:49| 東京 曇り| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月20日

チャージ中

ブログに書きづらいことがこのところ続いている。嬉しすぎて書けない、面倒なことで書けない、大事にしたいから書けない、いやそれは別にお知らせするほどのことでもないから書けないとか。でも、このひと月は盛りだくさんのひと月だったと思う。断片だけ残しておこう。

青森で写真を撮った。ぽつりぽつりと帰郷したときに撮っており、もう4年くらいになるんだけど、なんかもう、しんどい。なんでこんなことしてるんだろという気持ちにしょっちゅうなる。青森の人が見たら怒られそうな写真だし。故郷って文学でもアートでも、表現しようと思うと愛と憎のカフェオレになっちゃうんだと思うんだけど、私の青森の写真は、なんかもうえげつない。女なんだよな、身も蓋もないのよな。憎しみだけが前に出ちゃって、撮った本人が胸焼けをしている。

師匠の渡部さとるhttp://www.satorw.com/が個展をしている。

渡部さとる写真展 「da.gasita 2009」
http://www.tosei-sha.jp/past.html

うちの師匠もこのところ彼の故郷・米沢を撮っていて、今回はその2回目の個展。トークショーで師匠が撮影しているところ含めた制作現場のムービーを見る。ああ同じ事してる。車であてどなく移動して、淋しいバス乗って淋しい電車乗って、なんもないとこを撮って歩く。郷愁だけじゃない故郷の現実と、落ちている自分を一枚一枚拾っていく。
師匠の今回の写真がわからないというひとは、たぶんとても幸福な人だ。故郷が自分に影を落とさなかった、ラッキーで幸福なひと。私は師匠の写真が、いたく浸みた。
私、師匠とおんなじことしてるのに何であんなえげつないんだろうと思いますと言うと、渡部さとるは笑っていた。初め、カラーでパンフォーカスで撮影していたんだよ、でもそれがすごく重くなってね、師匠は言った。モノクロの米沢は、私に自分の写真をまた考えさせた。

川柳は続けようと思っている。私は毎月の例会時、東京からのメール投稿なんだけど、いわゆる「お題」がある宿題3題・各3句ずつは最低考えなくちゃいけないし、その他 自由吟も3句。これ結構大変よ。その他、例会に出席したときは、当日題も2題出るし、印象吟と言って、その時々に実物のお題を見てそれからインスパイアされるものを詠むのとか、合評吟といってみんなで投票していく句とかも、その時にいきなり詠まなければならない。
これってすごいよな〜と川柳人を尊敬する。とにかく出力する。出すことがすべてだ。つうか出さないことには始まらない。そして質は当たり前に問われる。一度選ばれた句は使い回し禁止。集中力と瞬発力が否が応でも必要である。そして句は無記名で公平に選ばれる。私にはとても肌にあうシステムだ。
写真のワークショップに行ってる人達も、こういう感じかなとか思った。期限があって、とにかくそのワークショップ開催日までに何かを撮って焼いて行かなくちゃならない。それはやっぱりとても力になるんじゃないかと思う。実際私の周囲のそういう人は「すごいな〜〜」と手放しで思うような写真を撮る人が多い。
じゃあなんで私は渡部さとる以外のワークショップに行ったことがないんだろう。って、それも理由は自分が一番よく知っている。

青森県立美術館http://www.aomori-museum.jp/ja/、十和田市現代美術館http://www.city.towada.lg.jp/artstowada/にも行った。もうこれは東京からわざわざ行くべき、とってもいい美術館だ。青森の所蔵は本当に素晴らしいし、十和田はこじんまりした中に、小宇宙をいくつも抱える、理屈抜きで面白い美術館です。八甲田行って十和田抜けて立ち寄り温泉入りまくって美術館2館行ってください。で青森にお金落としていって!若い人の節約旅行だって充分対応する、地方ならではの物価だし。そして青森の自然、文学、芸術の風土の豊穣さを身をもって感じて欲しい。
今まで気に留めたこともなかったけど、空港から市内へのバスから眺める森の深遠さに胸をつかれた。時折しも新緑の一番きれいな時期だったこともあるけれど、緑が蒼く青く碧いのだ。青い森がはぐくんでくれたわたくし、ということを強く意識した。

十和田現代美術館では、遠くに茫洋と見える頼りない光をそれでも信じて進むのが人生なんだと体感できる作品がいくつかあった。非常に長時間それらの作品の中にいた。
オレンジの水銀灯が導く夜のハイウエイを行く中で立ち寄ったドライブイン。暗い店内はベンチャーズがかかり、夜の窓から寄る辺ない、そしてあてどなく続く道の白いラインを見るともなくぼんやりと瞳で辿る。私は何物なんだろうとふと考える。一人で来て一人で行くのか、それとも二人でここまで逃げてきたのか。あるいはこのドライブインに流れてきて行く当てもない疲れた年増のウエイトレスなのかもしれない。とにかく水銀灯が導くそのハイウエイの先を、窓からぼんやりと眺めているのだ。それでも行くしかないんだよなと思いながら。そんな世界に一瞬にしてトリップさせてくれるアートの力。すごいよ。十和田いいよ〜。

たぶん、こういう対応をされるというのは、自分の何かが相手にそのような失礼な対応を誘発しているのではないか、と思うことが続けてあった。この人には、ちょっと失礼めなことをしたり言ったりしても文句言われないだろうというように、自分の何かが相手をそうさせるのだきっと。
毅然とするとか断固抗議するとかキッパリと断るとか自分の不利にならないように交渉するとか、そういうことをにっこりと、エレガントにできるような人になりたい。なんか〜、きっともう歳も歳だし、もうちょっとでできそうな気もする。だって身近にそういうおとなの女の人がいっぱいいるから。なんでもいいお手本があった方が上達は早い。私はエレガントな年上の素敵な友人がいっぱいいて本当にラッキーだと思う。問題が起きたときに、その人が本当にエレガントかそうでないのかが顕在化する。いちおう肝に銘じる。

この間飲み会の時に「じゃあさ〜めぐさんが抱かれたい男って有名人でいうと誰〜?」みたいな話になって。うちに帰ってなんかそれ思い出して考えたけど、外見だけでそれが性欲に繋がることはもうほとんどなくなったなとか思った。私にとって、やっぱ作品が超ツボだとか人への対応がとても誠意があると感じるとか、やっぱりその人の本質の素晴らしさに触れた時にエロスを感じるんだと思う。年取ってくるときっとそうでしょ。そしてもちろんそれらに、本質が顕在化したかたちとしてのルックスの要素が絡んでくるのだ。だから、瑛太がすごい川柳詠みだったり、すごい写真を撮ったり、すごい小説書いてたら文句がないんだと思う。ってなにそれ。覚え書きです。

まだ幹事する元気が戻らない。8月入ったらできるかな。川柳を作ろう。そしてもちろん写真を撮ろう。そしてチャージしようとか思う。


posted by FUJITA MEGUMI at 00:30| 東京 不明| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

@青森@川柳

青森にいる。

今までなら帰っていたはずの日数をもうとっくに過ぎていて、そして帰京はまだ少し先。いくら写真を撮りに来たとはいえ、故郷・青森が苦手な私がこんなに青森に滞在するのは初めてのこと。何でこんなにいられているのかと言えば、それは川柳によるところが大きいかも。

携帯から投稿してるので詳しくは後日書くが、私は青森にきて初めて川柳を作り、一緒に作品を作っている川柳作家・菊池京に誘われて川柳の大きな大会と菊池京の属する社の句会に交ぜていただいた。そして18日も句会に出るつもり。写真はどうしたと言われそうだが、すんません今のところ写真はそっちのけ。でも構わない。川柳を作ることが写真に絶対プラスになると感じるから。

川柳のシステムがとても私の性に合うのだ。自由に誰をも受け入れ、その時々に代わる複数の選者による完全公開で明確な評価。選者ももちろん句を作り題が代われば選ばれる立場。そして選者は選のセンスとの品格を問われる。
師匠と弟子はちゃんとしてながらも皆等しく表現の同志として尊敬しあう。その懐の深さ。どんな人も雅号(ペンネーム)の下の名前で呼び合う習慣もとても素敵だ。
そして何と言っても川柳人は感性も教養も半端なく、それをもって十七音で読み手を一気に居合抜きする。そのカッコイイことったらない。それら川柳のすべてに本当に魅了されている。

青森という土地は本当に文学的土壌が肥沃であるなあと。その土壌の上に川柳王国・青森もあるのだと実感している日々。

そうかと言って写真を撮らないわけにいかない。明日から三日は撮影に専念しようと決める。川柳のように、ズバッ!と天に抜ける写真が撮りたい。
posted by FUJITA MEGUMI at 02:35| 東京 雨| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

最近料理が復活してきた

気がつけばもう6月に入っているんですね。昨日は久しぶりに朝のウオーキングをした。靄がかかった大川端、肌寒く感じて長袖のパーカーを着込み歩く。何日も歩いてなかったから歩き方を忘れたみたいな変な感じで、何回か同じ方の手と足を出して歩きづらく感じた。途中から衣服の接触性なのか寒冷刺激なのかわからないけど、太もも内もも全体に広範囲にじんましんが出る。灼熱感をもった耐え難いかゆみに、ももを強くさすりさすりがに股で歩くはめに。さすがにズボン脱いで掻くわけにもいかんし。帰って脱力してふて寝。まったく、復活第一日なのにこれ。私らしい。

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人生におけるミッションをかなえサクセスするためにモチベーションをしっかり持ち、ひとつひとつタスクを効率よくこなし階段を確実にあがり勝ち組になんなきゃいけない 
そんなふうなことを一生懸命熱く語る人達の話を遠くで聞こえる防災無線の放送のように聴きながら、ああこの人達って野坂昭如の「花のお遍路」みたいな話ってきっと耐え難く嫌な話に思うんだろうなとかボーっと思っていた。「花のお遍路」は、私はとっても美しいお話だと思っているのだけど。
「使える」人脈を拡大するべく如才なくいつも笑顔でにっこり自分の利害のためにもらった名刺を吟味し 書かれてある肩書きで対応を決めるってことも、時には必要な場面もあるとは思うのだけれど、私の周辺にはそういうのに長けている人がまるでいない。私がそういう友人を欲していないからなんだろう。ていうかさ、そもそも人生のミッションって、何だ?

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JRの「横浜・神奈川デスティネーションキャンペーン」のポスターが♪とてもきれいねヨコハマ〜 という感じで、駅構内で目にする度いつも見とれている。本当に幼い頃、商売をやっている実家の店の有線からいつも流れていた。そのころは無論歌詞の内容もヨコハマの街の明かりの美しさも知るよしもなかったけれど。
ポスターの女の人の青いシフォンのワンピースに赤のクラッチバックが素敵。クラッチバックって大人の女が持つものだと少女の頃は思っていたし大人の女になったら持ちたいなと思っていた。いざ大人になった今の私は、クラッチバックどころかワンピースもストッキングもハイヒールも日常ではない。
そういえば、松田優作の「蘇る金狼」に出てた風吹ジュンのファッションもプリーツスカートのスーツかワンピースでヒールの靴にクラッチバックだった。素敵だったな。昔は大人のいい女の格好といえばそういうものと相場が決まっていたのかも。今はファッションも自由でいいけれど、相場が決まっている中でのかっこよさって、めちゃめちゃかっこいいと思う。クラッチバック、欲しいな。

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水嶋ヒロの萌えポイントが全然わからない。私の中ではへんな顔部類に入る。マツジュンもブサイクに見えると言ったら「老眼入ってる?」と言われた。老眼つうか目は悪いけど。やっぱ瑛太だろ。

posted by FUJITA MEGUMI at 02:23| 東京 霧| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする